交易都市リューン。早苗や穣子が拠点にしている宿があるこの町は治安もいい方で、街には活気がある。勿論路地裏や人目のつかないようなところでは犯罪もおきやすいが、表面は比較的明るい街だった。
あちこちで人が行きかい、楽しく会話をする声が聞こえてくる。老若男女、様々が様々に暮らすこの街。
今回は、その街にふらりと行き着いた、一人の少女のあるお話。
「……」
その街の広場に、明るい街並みに反する一人の少女がじっと立っていた。黒い服を見に纏い、金髪のボブカットにされた髪を揺らせる。垂れ目の、いかにも気弱そうな女の子だった。
心なしか震えているような気がする、否、ガクブル震えている。辺りをキョロキョロしながら、逃げるように広場の端っこに逃げた。
「…うぅ…やっぱり勇気出ないなぁ…」
ぎゅっと、手に持っていたヴァイオリンを強く握る。しっかりと手入れされた、綺麗なものだった。
彼女の名前はルナサ・プリズムリバー。吟遊詩人なのだが、困ったことに彼女には人前で歌う勇気が無かった。
酷く怖がりで、気が弱くて、歌おうにも歌えない、お前本職なんだよ、手に持っているヴァイオリンは飾りか、色々言ってやりたくなる少女。すでに目には涙が溜まっていた。
歌うのは好き、大好き。ヴァイオリン誰かに聞いてもらいたいです聞いてください、でもやっぱり怖いんですあぁごめんなさいごめんなさい私をみないで!と、まぁ、困ったことに未だに人前で一曲も披露できたことがない新米吟遊詩人なわけで。
しかも、吟遊詩人でヴァイオリンを持っている者はかなり珍しい(ハープが王道)。だからこそ、余計に注目を浴びる…というより、持っているだけで浴びる。もうその視線だけでいっぱいいっぱいだった。
「…や、やっぱり私には無理なのかな……」
と、出だしからつまづきそうな、そんな彼女はふと耳にした。
それは、軽やかな打楽器の音だった。それも、あまり聞いたことのない。気になり、その旋律が聞こえてくる方に足を運んだ。
意外とそれは近くからで、叩いているのは大人の女性、一人だった。赤い髪が特徴で、軽やかに太鼓を奏でている。
それはもう、とても楽しそうに。
「……いいな…」
しかも、持っている楽器は多分、この辺りにはないものだ。見たことのない変わった形をしている。
自分を囲むように大きな円があり、そこに小さな太鼓がいくつもついている。それを一人で、器用に叩くのだ。
彼女は知らなかったが、きっと東洋の人ならこう言ったであろう。
まるで、雷神のようだと。
「……」
気がつけば、ずっとその演奏に聞き入っていた。不思議なほどに、その音楽は明るい気持ちにさせた。
楽しく、人を楽しませる。自分が焦がれていた音楽だ。それを、あの人は自分も楽しみながらやっている。
理想的すぎた。それと同時に、自分に無いものを彼女は持っているように思えた。
「…ん?おぉっ、そこの黒い服の金髪少女っ子!面白いもの持ってるじゃんか!おいでおいで!」
急に演奏をやめて、ルナサに向かって手招きをする。あまりの不意打ちに、思わずびっくりして数歩後ずさりしてしまう。
「え、あ、あの、わ、わわ、わた、私…」
「?だってそれ、チェロだろ?いーじゃん、一緒に楽器やろーよ!」
「チェロじゃなくってヴァイオリン…」
周りの人も、聞いてみたいという眼差しを向けてくる。どうしよう、恥ずかしい、逃げ出したい。
震えて、涙がこぼれそうで。そんな様子に首を傾げて、その人は向かってきた。近づいてみると、自分よりかなり背が高い。
「どうしたんだ?怖いのか?」
「…あ、あぅ…そ、その……」
必死に、できるだけ大きく首を縦に振る。とても言葉にはできそうになかったから。
だから、お願い、関わらないで。そう願うけれど、その人はにやりと笑って、
「もったいないよ。演奏したいって気持ち、痛いほど伝わってくる。大丈夫だって、わたしが居る。どんな音楽だって、わたしが居たら大丈夫だから。」
ガシッと腕をひっぱり、元居た場所に戻る。振り払おうにも、無駄に力が強い…!とてもじゃないけど、振り払えそうにない。
「おっまたせー!それじゃ、えーと、なんだっけその楽器。あ、ヴァイオリアンか。それと、和太鼓の演奏はっじまっるよー!」
「わ、和太鼓!?」
もう、組み合わせが無茶苦茶だ。西洋のものと東洋のものが合わさるものか。
…しかし、もうこうなってしまった以上やるしかない。腹をくくるしか無かった。
「あぁもう、どうにでもなれっ!!」
半ばやけくそでヴァイオリンを構える。見ている。見られている。怖い、怖い…っ!
必死の思いで弓を引き始める。上手く音になりそうにない、緊張で体が完全に固まっていた。
「…よし、大丈夫。合わせてみせるし、合わせられるからな。」
そう、小さく呟いてウインクを飛ばす。その直後、軽快に和太鼓を叩き始めた。
とても、合いそうにない楽器。洋と和、互いに相反する、そんなーー
「…え?」
その太鼓の音が聞こえた途端、急に緊張が解けたかのように腕が、弓が動く。動かされている、そんな感じ。
それに、音が上手く合わさっている。違和感なく、上手く調和されている。おかしい、そう思えるくらいに。
「…わたしな。すっごく得意なことがあるんだ。何でも、リズムに乗せられる。風の音も、雷の音も、すべての音が、わたしの音楽ーーいや、今は、君とわたしの音楽だな。」
にいっと笑って、調子を上げる。私はもう、このときには恐怖心は無かった。
楽しむだけ、楽しめ。そう、本能が囁く。もしかしたらあの人がそうさせているだけかもしれないし、違うかもしれない。
…それでも、良かった。ただ、楽しかったから。
ずっとやりたいと思っていたのに踏み出せなかったこの一歩。その一歩が、彼女によってようやく出せた。
それが、何よりも嬉しかったから。だから。
私は思うがまま、ヴァイオリンの弓を引いた。
・
・
「いやぁ、ごめんなー勝手に巻き込んじゃって。」
演奏が終わって、拍手喝采の後、そう謝罪をされた。…全く申し訳なさそうに思ってない表情だったけれど。
「ううん、私も…ずっと人の前で引きたかったこれ、引けたから…だから、ありがとう…」
今できるだけ精一杯の笑顔を彼女に向ける。彼女もそれに、笑って答えた。
気がつけばもう夕方だった。一体どのくらいの間演奏をやっていたんだか。自分でもこの時間経過にはびっくりした。
「あ、そうだ…名前聞いてなかった。私はルナサ・プリズムリバー…吟遊詩人やってるの…あの、君は?」
「ん、わたし?わたしは堀川雷鼓!今のところ無職だ!」
「むしょ…え?」
楽器が違う、同職者だと思ってた。
「いやまぁ、近いうちにちょっと、違うこと始めるかもしれないけどな。」
「違うこと…って?」
その質問に、雷鼓はにやりと笑って答えた。
「冒険者だ。勧誘されてるんだ。」
改めて、その人を見た。よく見ると、腰には一本の、刀が下げられていた。
今回短め。前回の次の日のお話。
みょんと武器被るけど、二刀流かそうじゃないかは大きいかなって。
らっこさんの能力『何でもリズムに乗せる程度の能力』が思わぬところで輝きました。しかしあれだな、本当にらっこさん、衣玖厨じゃなかったらただのイケメソなのな!!
そしてこれ、リプレイじゃあ完全にルナサ→雷鼓のフラグですね。まぁ、いっか!!
『交易都市リューン』 Ask様