「…東の方から大きないびき声が聞こえてきますね。」
洞窟の中故によく響く。注意しなくても聞こえ、むしろうるさいくらいだった。
「どうしましょう…倒すべきなのでしょうか。」
「あたしは寝ている間に倒すべきだと思うよ。多分、ホブゴブリンだ。ゴブリンのおっきいやつ。」
かなり大きな体をしているが、知能は残念。といっても駆け出し3人が相手にすればそこそこ苦戦する相手ではある。1体だけならなんてことは無いだろうが、この先ゴブリンが集団でいる中に、突っ込んでこられると面倒だ。
それなら今のうちに倒しておくべきだろう。
と、東の通路に足を踏みだそうとした刹那、異変が起きた。
「…えっ、こ、声が消えた…?」
もしや、起きてしまったか。一本道であるなら、こちらに来ても何もおかしくない。
「…すぐに対応出来るように、武器を構えておこっか。ま、無駄だと思うけどね。」
やれやれといった様子で穣子は武器を構える…というより、持っただけに近い。無駄だという意味が分からないまま、衣玖の方はしっかりと剣を構えた。あまり良質なものではないものの、ゴブリン程度なら普通に戦える。
じっと構えているが、気配がやってこない。どうしたと思っていると、唐突に後ろから声が投げかけられた。
「何してんの?」
「うおあ!?って、え、早苗さ…え、さっきそこに居ませんでした!?」
そういえば、洞窟に入って数個言葉を交わして、急に存在が消えていた。
「全体をざっくり見てきたわよ…って、調査よろしくって言ったのあんたでしょ?なぁにリーダー、自分で頼んだこと忘れるなんて記憶喪失を通り越して痴呆になったんじゃないの?」
「そこまで言いますか!そして私が頼んだのは周囲の調査のことで、誰も洞窟全部を見て回ってこいとは言っていません!」
こうも荒声をあげていると気づかれていてもおかしくないと思うのだが。おかまいなしにギャーギャー騒ぐ衣玖。更にそれを止めない二人。
大丈夫かよこいつら、という質問がいつ飛んできてもおかしくない。
「…で、早苗。ホブゴブはどうしたの?」
「あ、あれ?寝てたから、殺っといた。」
と、そう言って顔の横でブイサインを作る。もうこうなると衣玖の命令(命令という命令はしていないが)が完全に無視である。
「団体行動!!皆さん団っ体行動!!」
作戦自由奔放か。ガンガン行こうぜの方がまだマシな気がするくらいのこの自由度に、流石の衣玖もついに怒鳴り声をあげた。対する二人はまぁ落ち着いて、と彼女をなだめる。
「何ですか二人とも!フォローすると仰ったわりには単独行動ですか!!リーダー無視ですか!!」
「いやいや、これにはちゃんと理由があってね?」
「自分がやりたいようにやっているだけでしょこれ!私居る意味あるのですかこれ!!」
「うん、あるよ。あるからちょっと、黙って今度こそ武器構えよっか。」
そう、洞窟の中でこんな大声を張り上げれば内部に恐ろしいいきおいで響きわたるわけで。
ぴたりと声を止めて、気がつく。大量の足音が、自分たちの方に向かってきていた。
失態といえば失態だが、仕方のない悲しい事件な気もする。
「早苗、数は?」
「ゴブリン4、コボルト4か5、シャーマン1よ。悪いけどリーダー、ちょっとここだけは経験者のあたしの意見を聞いてちょうだい。」
唐突に真面目な雰囲気になる。衣玖もその切り替えに面くらい、慌てて返事をする。
それと同時に、二人の動きに、もしかしたらという意見が生まれた。
(もしかして…失敗をする前提で動いていました?)
どうするかということを出来るだけ考えさせて、リーダーとはどういう存在か、こういうときはどう対処すればいいか。しかし悠長にやっていては相手に攻められるかもしれない。だからこそ、指示をする前に、彼女らなりの的確な動きをしたのでは。
そう考えると、握る剣の力が自然と強くなった。
「シャーマンは魔法を使ってきて面倒だから、一番に倒す方針で。後衛で構えてると思うから、みのりんの魔法とあたしが切り込みに行ってそれで倒す。んで、衣玖さんはみのりんの支援をして…できれば、ゴブを中心に相手しなさい。コボはほっといたら逃げてくやつとかいるから、そうなったら無理に相手しなくていいわ。…おっけー?」
肯定の意を示すかのように、静かに各の得物を手にする。よくもまあ、一瞬でここまでの作戦がたてられるものだと、衣玖は内心で先ほどのことを謝罪した。
来る。初めての実践。たった数日だけ教えられた剣で何とかなるのか。分からないけれど、やるしかない。
「…ゴブリンって美味しいと思う?」
「ちょ、いきなり何仰るのです!?」
そしてせっかくの緊張感が台無しである。
「衣玖さん。緊張感は確かに大切だけど、固くなりすぎると、痛い目に遭うよ。」
…なるほど、気遣いだったのか。ふざけているようで、二人は常に真面目に事をとらえている。つかみ所が無く、振り回されているようで、上手く誘導してくれている。
そんな、気がした。
「よし、じゃあ、任せたわよ、リーダー!」
ゴブリン共がこちらに到達するより先に、早苗は一歩を踏みだし、前に跳ねた。手には短剣。あれが彼女の一番得意とする武器なのだろう。
ゴブリンやコボルトを避け、シャーマンに一撃を加えるべく剣を振るう。奇襲じみた素早い一撃に反応できずに喰らうが、致命傷には至らない。
衣玖も穣子の援護をすべく、向かってくる妖魔の手を剣ではじく。
「っ…!」
が、すべて見切れるわけではない。思わぬ方向からの一撃に避けきれずにそのまま傷を負う。左腕をかすめ、血が飛び散った。
その刹那、穣子の術の詠唱が終わり、
「よし、放てっ!」
一本の魔法の矢が、対象を狙って真っ直ぐ飛んでゆき、
「ギャッ……!!」
狙い通りにシャーマンの心臓を貫き、そのまま倒れて動かなくなった。
「よしっ、シャーマンさえいなくなったら、後はザコ共だけ!さぁ刈るわよ!」
「なんか悪役じみてるなぁ…ま、ゴブリンからしたら悪役みないなもんだもんねっ…!」
再び形成される矢。的確に刺さってゆく短剣。そして、守るように振るわれる剣。
衣玖も、数日握っただけとは思えないくらいの太刀に仕上がっていた。元々戦の才があったのかもしれない。それに、彼女はいきなりの実践のわりには、比較的冷静に戦えた方であった。
そんなこともあり、洞窟に住み着いていたゴブリン共は割と簡単に一掃された。
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・
「やったわねー宝箱開けて追加で200spと杖!合計報酬800spに杖!ちょっと上々すぎて怖いわぁー!」
宿に帰ってくるなり、早苗は上機嫌で酒を飲んでいた。その隣で、穣子は杖について調べていた。こういうマジックアイテムが手にはいると真っ先に調べたくなるのが彼女だ。
「『賢者の杖』なんて、またいいもの拾ったね。貰っちゃっていいのかな。」
「いいじゃないの。見つけたもん勝ちよそういうの。」
そっか、じゃああたしが貰うねと言って、穣子は嬉しそうにその杖を自分の横の椅子に立てかける。と、それを見てか、一人の女の子が話しかけてきた。
「お疲れさまです。初めての3人での実践大丈夫でしたか?」
白銀でおかっぱの、やや背の小さな少女。幼い感じが残るものの、その少女は、
「あらまな板。」
「まな板じゃないです!!」
先輩方、『妖々花』のリーダーまな板こと妖夢だった。後輩がタメで先輩が敬語という不思議なことになっているが、いつものことなので気にしない。
「全く、酷いですよ人が心配してこうやって様子を見に来たのに…!」
「いやぁ、事後だから心配してこられても、ねぇー。」
「ねぇー。」
完全にからかっている。頬を真っ赤にして怒る姿は、最早リーダーの威厳のいも無かった。これでは仕方がないと誰もが納得する。
「コホン…で、あれ、衣玖さんは?」
「え、そこに居るじゃない。」
そう言って、横を指さす。そこにはカウンターに突っ伏したままの衣玖の姿があった。
「いやぁ、予想以上にお酒に弱くて。飲ませたら2杯目くらいで死んだ。」
「…無茶させないであげてください。」
こつん、と頭に可愛らしく拳をぶつけて舌を出す。酒豪の早苗が果たして何杯飲ませようとしたのか…考えるだけで恐ろしい。
「…あっ、そうだ。藍は今居ないの?」
藍というのは、『妖々花』の参謀を勤めている魔術師。札を扱った魔法を得意とし、何となく呪術にも似た妖しさがあるのが特徴的だった。
参謀の中でも知識はかなり豊富で、この世の殆どの事は知っていると謳われるほど。また彼女の策略はチームを幾度も助けただとかなんとか。
まぁ、誇張表現は多いと思うけど、と早苗と穣子。
「あー、今ちょっと賢者の塔の方に行っちゃってますね。急ぎの用事ですか?」
「ううん、急がないよ。…たださ、気になるじゃんか、これ。」
そう言って、また指を指される衣玖。口端をつり上げて、ケラケラ笑うようにして言った。
「どうせ、彼女も人間じゃないんでしょ。」
「……」
根拠は?と、妖夢は穣子に無言で尋ねる。それを見てやはり笑顔のままで答えた。
「理由は二つ。あまりにも戦闘の才がありすぎる。ちょっと教えただけでこれだよ?まな板の指導でこんなに上手くなるんだよ?奇跡じゃなかったらそうでしかないでしょ?」
「なるほ…ってちょっと!私の剣術がダメだと言うのですか!」
「それは認めるけど教え方がイマイチ。」
「……」
切れぬものはあんまりない、と豪語するだけあって腕は確か。本当にありとあらゆるものをばっさばっさと切ってゆく。
が、それを他人に教えるとなると、やはり別の能力が求められる。彼女の場合、握れば切れるという根性論が多いのだ。ぶっちゃけ根性以外にもあるだろ、と影で見ていてツッコミを入れたくなった衝動に何度も駆られたととのこと。
「あとね、もう一つ。生き物を殺すのにさ、躊躇ってものが無かった。」
彼女の性格的に、顔色を悪くしたり酷ければその光景がトラウマになったりしそうなものなのにね、といたずらな笑みを浮かべる。それだけ、穣子は衣玖を見ていた。
それは、まだ警戒心を解いていなかったことの表れか。
「まーあ、あたしたちのとこに来た時点でもう運命みたいなもんなんだけどね。さて、衣玖さんに何て言おっか。」
今度ばかりは彼女も困った笑みを浮かべる。妖夢はその言葉に何も返せなかった。
それをただじっと、口を挟まずに早苗は見ていた。
というわけで、ゴブ洞は3人で無事攻略できましたとさ。しかしまだまだ加入話は続くのです。ようやく真ん中くらい。
しかしこの加入話を終えたら多分また数ヶ月くらいきっと更新しなくなるんでしょうね…